−月のひとひら(仮)−
 夏の終わりは案外にあっけなく
九月になると同時に秋の気配に包まれる

虫の音、透き通るような空と月、そうめんのストックはとうに無い

特に夏が好きというわけで訳ではないが
次この季節に出会うのが一年後であることを思うと

別れて会えなくなった友達を想うような、少し寂しい気持ちになる
そしてこの年のこの夏は永遠に一度しかない…

遣り残した事はないか、遣っておかなくてはならないことは…
今思えば焦りばかりが先行していた夏だったかもしれないな

「今年の夏はどんなだったろう…」

つっかけひっかけ玄関から外に出る

ひんやりとした空気が肌に纏わりついてきて
すっかり夏の欠片は残っていないことを思い知らされる

夏のしっぽの何と短いことか
何となくカピパラのしっぽを思い浮かべた、短かったかどうか覚えてないけど

ペタペタとコンクリートの上を歩く、深夜に一人での散歩は勿論推奨できないが
自分には問題無い。大金も持ってないし、男だしね

遠くまで行くつもりは無いけど、車を避け静かな道を選び
秋を一つ一つ見つける、というよりは全身で秋を体に沁み込ませるように
ゆっくりゆっくり歩く

ちょうど小さな公園に差し掛かった

「〜♪」

歌声?

「〜〜♪ 〜♪」

それは確かに歌声で
少し掠れたような透き通るその歌声は、月に吹く風をイメージさせた

こんな時間にこんな公園に人が居るものかと思いつつ
その歌声に惹かれて自然と足が向かう

ベンチのとこ女の子が居る

先ず目に付くのは髪の色、なんていうのか黒ではない、灰色とか銀色とかそんな色
それに、暗い朱の服と…黒っぽいフードのような上着…少し変な恰好だ

「〜♪」

相変わらず歌っている

せめて、何の歌なのかだけでも知りたいな、と思い
近くの自販機で缶ジュースを買いベンチの隣に腰掛けた

「〜〜♪ 〜♪ ♪」

横に座っても歌は止まず、まるでこっちに気付いていないように
自然に歌い続けている

美しい旋律の何処か物悲しい印象のするその歌は
何の歌か、そもそも何語かも分からなかった

これも短い夏のしっぽかな、増量されたその炭酸飲料は容易く無くならず
ゆっくり彼女の歌を聴いていた

暫く、そうやって、何か考えるでも無くボーっと聴いていると、不意に歌が止まった

「はぁ」

可愛らしい吐息が漏れ聴こえる

「次は…嫌だなぁ。 私には無理だよ…」

微かに聞き取れるそれはどうやら弱音らしかった

「はぁ」

…

「ねぇ、どうかした?」

あんまりしょんぼりしていたので、つい声をかけてしまった

「!!!」

女の子がこっちを向いた、驚きの表情が顔に浮かんで、紅い瞳が僕を捉えている

「なんか、落ち込んでいるようだったし…、その…」

あちゃあ、歌声が聴きたくてとか言えるわけないしなぁ、
そもそもいきなり話しかけたりして不審者だ…

と、女の子の方が戸惑いを見せて答えた、というか独り言かもしれないが言葉を発した

「あなた…私が…。そう、あなたが…」

「ん?俺がどうかしたか?」

「…なんでもない」

何が言いたかったんだろう、一瞬向いた顔は再び正面に戻り黙ってしまった

…

唐突に、彼女は視線を公園の奥に置いたまま、呟くように

「きみ、大切な人いる?」

訊いてきたのだろうか…。
少し考えた後

「大切な両親と、大切な妹と、あと大切な恋人がいるな」

そう答えた

「友達は多い?」

「そんなでもないな」

「そう」

彼女が、何故か一瞬悲しそうな顔を浮かべたかに見えた
悪かったな、友達が少なくて

いつの間にか彼女はスッと立っていて

「じゃあ、またね」

「あ…、あぁ、また」

そんなやりとりをして
公園の奥、夜の闇の中へ消えていった。


それから数日が経った
夏休みも終わり、大学が始まって最初の授業

今まで誰も座っていなかった俺の前の席には
見た覚えのある銀髪があった

…

ちょんちょん
興味本位から肩を中指の背でつついてみたが…

…

何の反応も無い

気付かなかったか?そう思って今度は指を突き立ててみた

グサグサッ

「…んっ」

なんだ、気付いてんじゃねーか
…って、思いっきり不機嫌な顔で睨まれてる

「なによ」

小声で答えてきた

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