−アザラシ版終末の過ごし方−


…。
この世界は2月10日…今日が2月3日だから一週間後終わるらしい。

「バカバカしい」

少し苛つきながら家を出る
いつもの朝だ

角のパン屋はいつものように香ばしい匂いを立ち上らせ
通りの魚屋にはいつもと変わらぬ魚が並んでいる

学校の前のコンビニも通常営業
白んだ風景、雀の鳴き声、朝独特の喧噪

「やっぱ、何かの冗談だったんだな」

月曜独特の気だるさを身にまとわせて
正門から学校に入る

…
……

昨日、平穏で退屈な日々に変化があった
午後7時テレビが一斉に同じ放送をした

ニュースキャスターは大真面目な顔でこう言った

「2月10日、この世界は終わります、これは政府による公式発表で…
 繰り返します…」

何の冗談なのかとリモコンを探し次々にチャンネルを変えたが
しかし、どれも同じ内容、世界が終わるらしい

はじめは面白がって見ていたが
8時…9時…内容に進展がないまま、テレビは世界が終わるとだけ言い続けた

結論、「くだらない」
流石に飽きて、テレビを消し、眠りに就いたのだった

…
……

下駄箱に靴を入れ、スリッパにはきかえ階段を上る
他の生徒に出くわさないのは若干遅刻気味だからだろう

2-7…教室の前につく
静かにドアを引き申し訳なく部屋に入る

「小山田公彦、遅刻しましたっ」
即座に頭を下げる

「おお!小山田よく来たな、早く席に着きなさい」

あれ…怒られないのか
顔を上げる

空席がちらほら…
クラスの三分の二ほどしか来ていない

頭を掻きながら自分の席に着いて
隣の奴、山辺に声を掛ける

「インフルエンザでも流行ってんのか?」

「あんた、昨日のニュース見てないでしょ」

「昨日のニュース?」

「だめだこりゃ、オンラインゲームばっかやってるから、世間から取り残されてたか」

山辺はいつも俺をバカにした感じだ

失敬な、オンラインゲームをやってたからこそ、住人達のにわかな異変に気づきテレビをつけだな…

「世界が終わるってやつだろ。でもあんなのデマに決まってる、ソースがテレビしかねーもの」

「ソース?調味料は関係ないでしょ。とにかく世界が終わるってのを信じた人が欠席してんのよ」

「信じ切れてないその残りが、確かめに学校に来たってことか」

「あたしを含めそうだと思うよ、若しくは本当に知らなかったか、知らないふりをしたいか」

「山辺は信じたのか?」

「それを確かめに来たの、日本語通じないわね」

「そろそろ始めるぞ、小山田、速くノートと教科書を開け」

「あ、はい」

…
……

昼休み

学校はどうも少しおかしかった
1時間目、2時間目はちゃんとあった

しかし、3時間目は自習だった
くそ真面目なあの数学教師が休むなどありえないことだった

4時間目は普通にあったのだが
朝からずっとクラスでは「世界の終わり」の話題ばかりだった

やれ、石田は家族で旅行に出掛けたの
上原は電話が通じなくなってるだの

昨日徹夜してテレビを見ていたやつもいたが
結局世界が終わるということしか分からなかっただの

制作費ウン十億の映画の大々的プロモーションだと言っていたやつもいた

その話題ばかりに、少しうんざりして
購買でパンを買い、俺はこうして屋上に逃げてきた

「ったく、デマだっつってっんのに」

ぶつくさドアを開け、屋上に出る
顔に当たる肌寒い風、穏やかな日差し

昨日とも一週間前とも一ヶ月前とも変わらぬ空気がそこにはあった

「簡単に世界が終わるわけねーだろがっ!」

思わず大声を出していた

「ひゃっ」

驚いたような声がした
まさか、先客が居るとは…

「わ、悪いっ」

そう言いながら姿を探す、あった、黒い影、長い髪の女の子だった

バツが悪かったが、同じく屋上に逃げてきたやつに親近感が沸き
そばに近寄った

「すまない、まさか人が居るとは思わなかった
 あんたも逃げてきた人なのか」

大きな黒目がこちらを向く、…驚き?

「ちょっと教室はうるさすぎるもんな」

俺がそばに行っても、柵の向こう町を見続けていた

… 暫く眼下に広がる町を見ていた フリをして、彼女を見ていた 黒い髪は胸の辺りまである、背は低くないが、華奢だからか小さな印象を受けた 整っている顔立ち、黒い瞳、白い肌、長くまっすぐな髪が風に舞っている 今までに見たことのない子だった、少なくとも同じクラスじゃない、同じ学年でもないか… そんなにじっとは見ていなかったはずなのだが こっちを向いた瞬間に目が合った 「何か…」 「いや、見ない顔だと思って…」 「…」 「俺は二年なんだけど、学年は?一年?」 少しムッとしたような顔を作った 「私も二年よ」 「あ、いや、ごめん、同じ学年だとしたらすれ違うくらいはしてた筈なのに」 さらに少しムッとした顔を作った 「悪かったわね、影が薄くて」 そう言って、顔を戻してしまった 「俺は、小山田、小山田公彦。  ホラ、丁度あそこの道を裏に入ったとこに家があんだ、あの赤い屋根の」 「…」 「私は、霧島波留。  波留は元横浜の外野手波留と同じ、スプリングじゃない方」 「家は…あそこの角を右に曲がって突き当たり、二階建ての…」 「はるちゃんか、可愛い名前してんねぇ」 パッとこっちを見てきた、少し顔が赤くなっている 「そう言われるのが嫌だから、横浜の波留を出したのに…  というか、後輩扱いがまだとけてないし…」 そしてすぐに、顔を逸らしてぶつくさ言っている 「はるちゃんは、この世界が終わると思うか?」 不貞腐れたような顔のまま答えてくれた 「興味ないわね」 興味がない…世界の終わりについて初めて見た反応だった そして本当に興味がなさそうだった 「あなたは?」 「俺は…、興味がないとは言い切れない、そういえば、ずっと意識していた」 「普通の人はそうでしょうね」 「?」 「そろそろ、5時間目が始まるわ  じゃあね、小山田公彦くん」 「ん、ああ」 そう言って、霧島波留は先に出て行ってしまった 眼下に広がる町はいつも通りで 風も日差しも変わらぬ日の屋上でのことだった … …… 午後になっても、教室の異様は収まらなかった しょっぱなの5時間目から自習でそのまま6時間目も自習だった 教室の中はずっと世界の週末についての話で持ちきりで 誰も黒板に書かれた"教科書のP205〜P243を読むように"を実行していなかった どうしても、ここの連中は世界の終わりを確かめたくて仕方が無いらしい しかしながら教室にいる以上、新しい情報が入ってくるわけでもなく ただ憶測と憶測が飛び交っているだけだった 「ハム彦〜、あんたなんでそんな冷めてんのよ、世界が終わる一大事なのよ」 山辺が興奮した感じで話掛けてくる、どうやらすっかり世界が終わると刷り込まれたらしい 因みに山辺以下クラスの面々は俺のことをハム彦、若しくはハムと呼ぶ 誰が言い出したかは忘れたが、名前に公が付くものの宿命だろうと諦めている 「んなこといったって、確かめようが無いだから、騒ぐだけ無駄だろ」 「バカ、ハム彦の、バカ、もしも世界が終わるとしたら、あたし達やり残したことだらけなのよ  疑っている間に1日1日あっという間に過ぎて、何も出来ないまま死んんじゃうかもしれないのよ」 「よく言うじゃない、死ぬまでにしたい10のこと、とか  あんた余命あと半年と宣告されたら、何をしたいかとか考えたことなかったの?」 「…なるほど、疑って確かめてしている間にいつの間にか世界が終わるくらいなら  死ぬまでにやりたかったことをやろうってことか」 「そうそう」 「いや、世界は終わらんね、今うろたえている奴は明日になって吠え面かくだけ、  理由も無く世界が終わるわけが無いっての」 「だから、もしもの話をしてんじゃないのっ」 どうやら、教室が盛り上がっているのはすでに世界が終わることを疑うことを終え そのリミットまでに何をするかということに飛躍していたようだった 「んで、山辺は世界が一週間後に終わるとして、何がしたい訳?」 「え、あ、あははー、なぁんだったけかなぁ」 なんでそこで顔が赤くなるんだか ごにょごにょ声が小さくなってしまった、よほど卑猥なことを考えてたらしい 「ハ…ハム彦は、ハム彦は何すんの」 「世界は終わらんっ」 「だああ、だからもしもの話をしてんでしょうがっ」 「…なってみないと、分からんね」 「だから、今なってるかもしれないんだって」 「だから世界は終わらないと」 「もしもの話だって」 「もしも世界が終わるとして、そんとき、何がしたいかだろ?  だからそん時になってみないと分からないって」 まったく、この回答に何が不満があるんだか分からない 「今が世界が終わるその時だって言って…あーもういい、この分からんちん」 「やっと、納得してくれたか」 山辺め、もう少しかしこい奴だと思っていたが… 貴様こそなんという分からんちんだ、 今度は他のやつに話し掛けてやがる ポニーテールがぴょこぴょこ動いて何がそんなに楽しいんだか… 山辺…山辺美雪は小学校からの付き合いである 家も比較的近く、昔はよく一緒に遊んだものだった… て、いや、今も遊ぶか、少し趣味に差が出てきて 一緒に同じことをすることは少なくなったけれど、クラスで一番気安い存在である 顔立ちは別段可愛いというほどではないため、彼氏が居たという話は聞かないが いつも楽しそうで、奴の笑顔が俺は結構好きだったりする 彼氏が居ないのはいつもそばに俺が居るからだとか言う、不確定未確認情報があるが そんなことは、ないだろう、第一基本可愛くないし そんなことを考えながら、奴の後姿を追っていた … …… とまぁ、そんなこんなで今日の授業が終わった 部活に精をだす奴らを尻目にガっとスリッパを下駄箱に突っ込み、靴に履き替え よし、終わった終わったとか言いながら、学校を後にする 日が翳りだした町はいつもと変わらぬ様に見えた 紅くなった景色、カラスの声、夕方独特の寂しさ 学校の前のコンビニには立ち読みのために群がる学生 通りの魚屋にはいつもと同じように魚が数匹売れ残っているし 角のパン屋はいつものようにそろそろ店を閉じる準備を始めている
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